VITAVOXとの邂逅


   

1977年に遡ります。

受験勉強のストレスで、慢性のドライアイを抱えることになってしまった私は、受験勉強も大学進学も一時断念して、今はない山水電気の派遣店員に応募し、大阪の日本橋で半年バイトをすることになりました。

山水電気は当時JBLの代理店をしていました。私は高校を出たばかりでしたが、JBLのユニットの型番はすらすら言えましたので、ニノミヤ無線の海外コンポーネント売り場に配属されたのです。私にとってはある意味理想の職場で、天の配慮だったと言うしかないと思います。

とはいえ、今にして思えば、ステレオ売り場のステレオの音はセレクターを通ってくるのでひどいものだったな、とは思います。

売り場でデフォルトで鳴らしていたスピーカーは当時のJBLのフラグシップだった4343でした。そのほか4350やパラゴンなんかも展示してありました。他社ではアルテックのA5、タンノイのオートグラフなども並んでいました。

そのなかで私が惚れ込んだのはVITAVOXのクリプッシュ・ホーンでした。つくりは上記の写真と同じでしたが、仕上げは異なり、マット・ブラックでPA用の塗装がしてありました。また上部のホーンは8セルのマルチ・セルラー・ホーンでした。ドライバーは同じS−2というモデルです。

        

これでかけるクリュイタンスのフォーレのレクイエムはそのスケール感といい、音場といい、まさに天国的な音でした。またモーツアルトの交響曲40番をかけると、コントラバスが林立しているのが見えるようでした。何よりも音が軽い、そしていぶし銀の渋さがあり、ぞっこんまいってしまったのです。

仕事中にこれでフィーレのレクイエムをかけて聴き入ってしまい、何度か叱られたことがあります。池田圭氏がウェスタンの15Aホーンを聴いて人生変わった、という文章をあちこちで書いておられますが、私が心から惚れ込んだスピーカーはVITAVOXなのです。ルーツはウェスタンと同じということですから、おそらく似たような音なのでしょう。

しかし、VITAVOXは恐ろしくレアなスピーカーで、その後お目にかかることは全くありませんでした。

それから26年たった2003年晩秋、京都のジャズ喫茶のYAMATOYAでVITAVOXのクリプッシュホーンと再会しました。しかし小音量で鳴っており、ぱっとしません。これぐらいの音はFE83Eで出せる、というのが第一印象で、年老いた昔の恋人に会った思いでした。

その翌年、吉祥寺のクラシック喫茶のバロックで同じスピーカーを見つけました。結構音量を上げてじっくり聴きましたが、一向に感心しませんでした。中高音が歪っぽく、ホーンの癖なのか、ネットワークが悪いのか、スピーカー・ケーブルが長すぎるのか、アンプが腐っているのか、多分そのすべての要因が重なっているのだと思った次第です。

今となっては、あの馬鹿でかい図体も許せませし、欲しいとは思わないスピーカーです。しかし、18だった私が聴いた音はこんなものではありませんでした。記憶は美化されるのでしょう。

たまにVITAVOXというブランド名を見かけると、昔のことを懐かしく思い出すのです。

後日譚
私のサイトのこのページを見て、ある方から連絡を頂戴しました。

はじめまして。 

先日たまたまグーグルでVitaVoxを検索してみましたら、杉本様の記事をみつけました。どうやら1977年に貴方が大阪でほれ込んだヴァイタボックスは我が家にあるのではないかと思われます。

(中略)

ドライバーS2はレッド・ラベルです。
ホーンはマルチセルラーではありません。多分、前の持ち主が替えたものと思われます。マットブラック塗装仕上げは、うちにきて20年ほどたったところで少し変色し、みすぼらしくなってしまったので、黒板をつくるための塗料で塗りなおしました。

その頃にコーナーホーンの上にただ載せてあるだけのS2プラスホーンの姿にあきて、自分で設計して東急ハンズで精密に裁断してもらった合板を使って我ながら満足のいくカバーをつくりました。

しかしこれらは本質とは余りかかわりないことで、入手以来、今日にいたるまでメティキュラスなものとするための努力の積み重ねが、世界にただ一組のVitaVoxとして、心の奥底に響くような音楽をかなで続けています。

杉本さんがブログに書かれた京都のジャズ喫茶にも行ったことがあります。でも話にもならない音でした。

ご用でおいでの節にはいつでもお寄りください。貴方が持ち続けた夢を裏切らない音をおきかせします。

ちなみにマッキントッシュC42プラスMC1000で駆動しています。


過日、出張のついでにこのお宅に訪問して、聴かせていただきました。30年ぶりに再会したのですが、「あ〜、やっぱりホーンだな」という独特の音離れの良い音です。ローエンド・ハイエンドともにあまり伸びておらず、中域が張り出した感じですが、ヴィンテージ・スピーカーはそんなものでしょう。書いておられるように、夢を裏切らない素晴らしい音でした。

ただし、ウーファーもホーンもダイレクト・ラジエターではないので、やはり癖はあります。我が家のビクターSX-V7もずいぶん善戦していて、一長一短と感じました。さすがに30年の時の流れとともに、我が家の音もかなり前進したようです。

後日譚その2
別の方からはこんなメールを頂戴しました。

貴殿のホームページでヴァイタボックスのことが書かれていまして非常に興味を持ちました。私は現在、ヴァイタボックスのコアキシャルスピーカーでオーディオを楽しんでいます。私も京都のヤマトヤで191コーナーホーンを聴いたことがあります。ヴァイタボックスと言うと何か未体験の音のようなイメージがあります。
貴殿のオーディオに関しては大変勉強になります。
私は自慢できるようなシステムを持っていません。情熱だけはあります。

(中略)

スピーカー
ヴァイタボックスDU−120 特注ボックス(フィンランドバーチ)
グッドマン3Wayシステム 特注ボックス(米松合板)
ステントリアン コアキシャル12インチデュプレックス

以上が私のシステムです。スピーカーはお金が無いので既製品は使用していません、ユニットのみ購入して実装して聴いています。




30cmコアキシャルですが、こんなユニットがあるのか!というレアな製品で、世間は広いです。使っているだけで個性が主張できそうですね。高音部はポリエステルとのことなので、ドーム型なのでしょうか?返信したら、以下のお便りが来ました。

大変珍しいスピーカーですが、このスピーカーを鳴らすのには苦労しました。今は素晴らしく良い音で鳴っています。コーナーホーンとは違う密度の濃い音でバイオリンなどの弦楽器はなめし皮をコスルような独特の音です。コーナーホーンは多少ホーン臭いとこがありますがこのスピーカーはないです。このスピーカーは簡単には鳴りません。

VITAVOXというブランドは使う人の人生に深く関わる傾向があるようです。

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